2021年6月16日水曜日

『友子』

 <高橋揆一郎 『友子』(河出書房新社、1991年)>:『日本の鉱夫-友子制度の歴史-』の参考文献目録でこの本を知り、90円(送料・手数料が430円)で古書店より購入。出版翌年に新田次郎文学賞を受賞。日立鉱山に材を取った小説を書いている作家の名を冠にする賞に相応しい一冊であろう。
 「友子」とはなんぞやと、簡便に知るにはこの一冊があれば十分である。舞台は歌志内の炭砿であり、金属鉱山(以下鉱山)とはやや趣が異なる気がしないでもないが、「友子」の全容を知ることが出来る。但し、書かれていることが歴史的にすべて正しいとはいえず、諸説があるということを頭の隅に入れておくことが必要である。
 著者は、私の父親より5歳年下の1928年生まれであり、私の父も鉱山で働いていたことがあり、両者とも炭砿や鉱山に日々の糧を求めた最後の世代である。そして、その父親のもとで生活していた私の年代の人たちは、幼少時や10代に炭砿・鉱山で暮らしたことのある、炭砿・鉱山生活者の最後の世代である。
 現在商業的規模で稼行している炭砿(坑内堀)は釧路にある会社が日本唯一であり、金属鉱山は鹿児島県に唯一つあるだけである。福祉や労働衛生などの側面から鉱山を研究する人たちはいるけれど、鉱山研究の場は狭まり、現地調査をするにしてもそこは廃坑(廃鉱)となっているか、あるいは跡形もなく残滓にすら触れられなくなっていることが殆どである。自ずと文献による調査研究が中心となり充足感は薄らぐばかりである。まして生活(史)は過去の文献からイメージするしかないなか、本書は炭砿で生活した著者の息吹や体の温もりを感じられ、私にとっては貴重で大切な一冊である。
 それにしても、栞紐が頁の中に挟まれたままで、読まれた形跡もない美本であるこの本が90円の価値しかないとは、廃れた鉱山を象徴しているようで寂しい。

2021年6月12日土曜日

友子(制度)の復習

青木葉鉱山の「坑夫取立免状」に書かれている内容について、自分なりにキチンと確認しようと思うと、「友子」についてもう一度きちんと勉強する必要があり、資料を読み直すこととした。手持ちの本やネットから集めた資料を読んでいるのだが、村串仁三郎の重要な本を部分的にしか読んでいなかったことに気づかされた。通教の卒論に取り組んでいたときは戦後の鉱山に関心が向いていたので、戦後にはほぼ消滅した友子については関心が薄く、鉱山史概要を捉えるだけの動機で上辺だけを追いかけようとした嫌いがあった。

2016年に書いたブログ、「20160708 日本の鉱山の概要⑧-鉱山で働くということ(3)」に友子を記しているのだが、中身は浅く、正確さに欠ける。例えば、「日立鉱山にだけは友子が戦後まで残り」と記したがこれは正しくない。日立鉱山以外にも戦後も存続した鉱山や炭鉱があった。また、「幕末に「友子」、近代には「友子」制度となり」とも書いているが、こう断定できるものではなく、「友子」「友子制度」「友子組合」などと論者によって呼称は異なっている。
当時はその安直さの中にも知った気分に陥っていたと思うと反省とともに恥ずかしくなる。少なくとも冒頭の「坑夫取立免状」を読む上でもう少し深く友子について知ろうと思う。

村串仁三郎の重要な本というのは下記のもので、図書館から借り出すのも面倒だと思っていたら比較的安価に古本を購入できた。届いてすぐに頁を開いた。もっと早く読んでおけばよかった。

 <村串仁三郎 『日本の鉱夫-友子制度の歴史-』(世界書院、1998年)>:著者自身が「『資本論』から鉱夫の歴史・レジャー・国立公園の自然保護史の研究へ()」で述べているように、著者の「これまでの友子研究を総括して書きおろし」たもの。